宇宙のプロセス会議
舞台は、アリゾナ州フェニックス。これはさらなるマイルストーンです。特に、プリ・クリアーの「アズ・イズ」および外在化する能力における「デュプリケーション」の役割、そしてその結果を得るオーディターの技能です。L. ロン ハバードは、この会議で3つの画期的なプロセスから成る「手順30」を明らかにしました。すぐに伝説となった「デュプリケーションによる開始の手順」、「問題と解決策」、「存在性を与えること」です。 会議の参加者は単なる説明以上のものを受け取り、ハバード氏は、これらのプロセスをグループに対して提供しました。結果に対する絶賛にも関わらず、より素晴らしい物語が引き続き起こりました。第1に、技術があらゆるケースにリーチできるようになったため、最初の 『グループ・オーディター・ハンドブック』 とともにサイエントロジーの支柱としてのグループ・プロセシングが発表されました。第2に、「デュプリケーション」の大躍進です。これは、人の反応心を消滅させるプロセスにつながりました。最後に、この発展の時代における技術の完全な体系化、およびセイタンの能力の極みにまで至る電光石火の前進です。というのも、L. ロン ハバードは数ヵ月以内に、サイエントロジーの公理だけでなく、これらの公理の中核から導き出されたプロセスまでも体系化したからです。それらのプロセスは、ケースの最低レベルを解決し、外在化したOTの能力を獲得するものでした。ですから、この会議は、『サイエントロジー8-8008』 におけるセータの潜在性から、OTの状態および 『人間の能力の創造』 への架け橋となるものです。
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人生で大変な目に遭っているとしたら、それはその人がデュプリケーションを生じさせることができず、またその人自身がデュプリケーションを許容できないからです。言い換えると、その人自身が起因に なることができず、またあえて他の人の起因に対して受け身になろうとし ない、ということです。」 ― L. ロン ハバード
その物語は、18ヵ月前に始まりました。本来の状態におけるビーイング…つまりセータ・クリアーの潜在性と能力をはっきりと描写したL. ロン ハバードは、自身の発見と技術を、伝説的な「フィラデルフィア博士号コース」のテキスト、『サイエントロジー8-8008』において発表しました。これらの発見は、サイエントロジーを新しい 安定期に導きましたが、それはまた究極のゴールへと向けた跳躍板の役割も果たすものでした。というのも、今や彼は実際にビーイングを自由にすることができるようになったため、今や彼の仕事はすべてのオーディターの手に、その能力を渡すことだったからです…あらゆるビーイングを自由にするという仕事を成し遂げるためにです。
かくして1953年9月、彼は「第1回ダイアネティックス実践者とサイエントロジストの国際会議」を開催し、外在化のテクニックに関する最初の大規模な発表を行いました。その会議ではまた、ニュージャージー州カムデンの新しいプロセシング・センターも発表されました…彼が意味深くも、「クリニック」と言い表したセンターです。というのも、その役割は最も困難なケースをプロセシングするためのセンターとしてだけでなく、加えて全く新しいプログラムにも取り掛かることになっていたからです。
「ですから、このクリニックは時として、非常に、非常に上級のトレーニング、また臨床タイプのトレーニングを行うことにもなるでしょう。(それはとても上級のトレーニングであって、基本的なもの、基礎的なものではありません。)」
当初、それは「カムデン修練コース」と呼ばれていましたが、すぐに「第1回上級臨床コース(ACC)」として知られるようになりました。すでに3つの大陸で提供されていたプロフェッショナル・オーディター・トレーニングとは異なり、プロフェッショナル・オーディターとしての完全な資格を備えていることが、L. ロン ハバードの臨床コースに参加するための最低条件でした。その上、参加は招待者だけが認められ、オーディターとして最も優秀な人たちに限られていました。
彼の調査における次の段階は、そのようにして始まりました。そのゴールとは、手順を開発し、洗練させ、事実上すべてのオーディターがあらゆるケースを打ち砕き、外在化の能力を獲得させる、というものでした。その目標に向け、ハバード氏はプロセスを開発し、直接それらのプロセスをプリ・クリアーに試し、その後オーディターたちに、彼らのプリ・クリアーたちのためにそれらのプロセスを提供しました。次に、それらのオーディターたちを監督しながら、彼らの実地での適用を観察し、彼らの困難を抱える領域を突き止め…それらのプロセスをさらに容易にするためにそれらを洗練しただけでなく…彼は、オーディターの技能を完璧にするために、さらなるトレーニング手順を開発することができたのです。
それが、次の12ヵ月にわたって進展した、L. ロン ハバードの調査と開発の物語でした。彼は、オーディターに6週間の集中的なACCトレーニングを卒業させるとすぐに、次の生徒たちに提供を始めていきました。そして彼らは順調に卒業していきます…第2回ACC、第3回ACCと、次々と続いていきました。次から次へとオーディターをトレーニングし、次から次へとプロセスを開発し、次から次へと講演を提供し…1年もしないうちに、日々の調査と開発を、合計で500以上もの講演として記録したのです。
組織に関して言えば、拡張は非常に迅速で、彼はアリゾナ州フェニックスに新しいトレーニング本部をすでに設立していました。しかし、真の知らせは、技術的な拡張でした。というのも、新たな進歩のたびごとに、さらなる躍進が加速度的に増えていったからです。そのすべてを、卒業するオーディターと結び付けてみてください…その後、彼らの町や都市で、その結果に対する噂が広がり、1954年の夏までには、また新たなL. ロン ハバードの会議を望むパブリックの要求と需要は、文字通り叫び声となっていました。
これ以上のタイミングはありませんでした。彼は、単なるもうひとつの「大躍進」ではない、すべてを一新する新たなマイルストーンに到達していたのです。具体的には、プリ・クリアーの「アズ・イズ」および外在化する能力における「デュプリケーション」の役割です。そして同様に、プリ・クリアーに対してプロセスを適用する際の、オーディターの技能に関する「デュプリケーション」の役割です。そこに、彼がこの「宇宙のプロセス会議」で明らかにすることになったすべての背景があったのです。
舞台はアリゾナ州フェニックスであり、そこに、世界中のサイエントロジストが集まり、セントラル通りとマクドウェル通りの交わるフェニックス・シアターに集合しました。そして、ハバード氏が最初の講演を始めた時、会議の参加者はすぐに、すべてのオーディティングに対する「デュプリケーション」の一般的な適用法だけでなく、ハバード氏が「手順30」として明らかにしたものを聞くようになりました。さらに会議の参加者は、単なる手順の説明以上のものを受け取ることになります。彼らはすぐにそれを経験することになりました。ハバード氏が初めて、それらの画期的なプロセスを、グループに対してオーディティングしたからです。全参加者に対する「デュプリケーションによる開始の手順」は、単なる始まりにすぎませんでした。彼はその後に、「手順30」の残りの部分を続けて行ったからです。問題と解決策、存在性を与えること、そしていくつかの実験的な外在化のプロセスさえも行ったのです。
参加者からの絶賛は、はなはだしいものでしたが、それよりも素晴らしい物語は、この会議に引き続き起こったことです。というのも、そこでは次のような真に普遍的な結果がもたらされたからです。
- 第1に、今や技術があらゆるケースにリーチできるようになったため、最初 の『グループ・オーディター・ハンドブック』の出版により、グループ・プロセシングがサイエントロジーの柱として確立された。
- 第2に、「デュプリケーション」の大躍進 ― すべてのオーディティングに効果をもたらすばかりでなく、人の反応心を消滅させるプロセスにつながった基本的な技術。
- 最後に、発展の時代から技術の完全な体系化への、またセイタンの能力の極みへの電光石火の前進です。というのも、L. ロン ハバードは数ヵ月以内に、サイエントロジーの公理だけでなく、これらの公理の中核から導き出されたプロセスまでも体系化したからです。それらのプロセスは、ケースの最低レベルと外在化したOTの能力の獲得という最上級レベルの両方を解決するものでした。
ですから、この会議は、『サイエントロジー 8-8008』におけるセータの潜在性から、OTの状態および『人間の能力の創造』への架け橋となるものなのです。